令和の青

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2011年10月11日

芽吹き367

芽吹き367

先月末の日曜日、長野県穂高にある「森のおうち」という絵本美術館を訪れた。
今いっしょになってひとつの絵本を作っている、畏れ多くも相方(実際はかなり馴れ馴れしく接しているけれど)の画家、いせひでこさんの展覧会がここで催されており、この日は彼女のトークショーだったのだ。

到着すると深閑とした広大な赤松林が「森のおうち」を包み込んでおり、まさしくここは森のおうちだな...と、○○美術館などと付けなかったそのネーミングセンスに感心してしまう。

会場へ入ると決して小さくはない会場は人と熱気であふれかえっている。15分ほど前に着いたのに、いちばん後ろの席にしか座れなかった。
「いやぁ〜、いせっち(いせさんを僕はこう呼んでいる)って人気者だね!」いっしょに来た知り合いの編集者Iさんに小声でそう言うと、「そうですよ」とちょっととがめらるような口調で返される。でもその表情はなにやら嬉しそうだ。

トークショーは「木(自然)との共存/いのち/子どもの成長」をテーマに、彼女の最近の作品である『まつり』の制作背景から、東日本大震災を受けて緊急出版された『木の赤ちゃんズ』へと進んでいった。

地震が発生してから、いや正しくは福島原発の爆発が起きてからも、いせっちとは絵本の話し合いで何度か会ったり、電話をしたりしたのだが、彼女の原発事故への憂い、その様子はちょっと常人には理解できぬものだった。

ニュースや新聞を見てはスケッチブックに膨大な量のメモを、詳細なイラストと共に描きつづり、それは知らない人が読めば専門家の研究論文だった。そして報道を見ては東北の未来を案じ、体調までもおかしくしていた。

それでも原発の情報を日々調べる姿は、いせひでこ流の地震、原発事故と向き合い方、大震災を心に受容してゆく作業のようにも見えた。

僕は「それじゃいせっちがメルトダウンするよ」などと不謹慎なことを言いつつ、内心はその画家、いや表現者としての感受性に圧倒されていた。

自分が知る限り、彼女にはとくに東北地方に親類がいるわけでも、福島に特別のゆかりがあるわけでもない。
でもそういった話ではなく、東北という地、そこに住む人々、そして子どもたちのあかるい未来を、ほんとうに心から心配し、再生を願うきもちがそういう精神状態にさせるのだと思う。

いせっちには昔からそういうところがあって、以前、彼女が網膜剥離から右目を患い、結果として1/3ほどの視野を失ったときも、その話で決して大騒ぎしたりしなかった。
1/3の視野を失うなんてそれこそほんとうに一大事であり、そういうときにこそ「大変だ大変だ」って大騒ぎしようよという感じなのだけれど...。
自分が苦しむ場面では極めて冷静なひとなのに、震災のニュースを見ただけで体調まで崩してしまう。その感覚のズレには、やはり芸術家の感性、魂のようなものを感じざるえない。

「うわあ」という歓声が響きわたり、会場から熱気がはみ出す。目前の白い壁には、絵本から飛び出した無数の「木の赤ちゃんズ」が登場した。

以前取材で訪れた栃木県鹿沼市に、今回の地震の影響で非難ている子どもたち約20名がいると知り、なにか自分に出来ることをしたいとの想いから、子どもたちに「木の赤ちゃんズからの直筆メッセージカード」を贈ることにしたいせっち。

子どもたちが住む村の村長さんにかけ合うと、栃木県鹿沼市に非難した子どもたちだけに贈るというのは不公平だから、できれば村中の子どもたちに贈って欲しいとのリクエストが。
子どもの人数を聞くとなんと367人。

その全員に直筆で、それぞれにオリジナルのカードを贈ったそうだ。会場に映し出されたのはカードを送る前にとったコピーだった。(子どもたちに贈られたものが原本)
絵本同様、やさしくのびやかな線のおくに、どこかたくましさを感じさせるタッチで描かれた木の赤ちゃんたちズたちと、明快なメッセージ。だがシンプルな線と言葉の奥に込められた想いが深いのも、絵本と同様だ。

どれも素敵なカードばかりだったけれど、特にどんぐりのフタを頭にかぶっている木の赤ちゃんが、木の芽に向かって「みまもっているよ」というメッセージカードは、先日テレビで見た親を震災で亡くした小学生のドキュメントと重なって、なんだか涙が出そうになる。

木が「木の赤ちゃん」を見守ってるのでなく、木の赤ちゃんが木の芽に向かって「みまもっているよ」と言っているのは、さりげないようでほんとうに心を打つものがあった。

これらのカードは腱鞘炎になりながらも3日間徹夜で描き上げ、この日の朝に宅急便で出してから、トークショーの会場に来たらしい。でも3日徹夜したことや腱鞘炎の痛みなどの苦労話については、相変わらずさらっと話しただけ。
今ごろ、367人の芽吹きちゃんたちにこのカードが届いていることだろう。

『木の赤ちゃんズ』
いせ ひでこ
風と光に向かって、ヘリコプターにのるボダイジュ、金髪のムクゲ、マント姿のクマシデ...ちっちゃなタネたちの大きな努力。子どもたちの未来に祈りをこめて、いのちの芽ぶきの物語。

※写真、説明文はamazonより引用させて頂きました

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