2021年08月15日
小説創作を一気に進めようと意気込み、うまく進められなかった夏休み。
この得るものが少なかった連休のなかで、1番の収穫が『忘れられた戦後補償』というNHKスペシャルの再放送を、たまたま見ることが出来たことだと思う。
ふだん、平日の深夜にNHKをつけることがあまりないけれど、この日は先述の小説創作により変な時間帯に寝起きしていたため、朝ドラを見るような気分で夜中にNHKをつけた。
詳細はリンク先を追って頂くとして、内容はほんとうに衝撃的で、凄惨なものだった。
番組は終戦の年の7月、当時6歳で米軍の空襲により左足を失った少女、安野輝子さんの卒業写真から始まる。
当然だが、左足がないことをずっと気に病んでいた彼女は、ペンで、卒業写真の自らの下半身を黒く塗りつぶしていた。その左足に対して受けた処置は、赤チンを塗るだけ。75年経った今でも、受けた処置が不十分だったことから、切断面にマメができ、数日間歩けなくなることもあるそうだ。
安野さんは、心と体に負った痛みを、誰にも理解されないまま、長い戦後を生きてきた。
日本では、戦争の民間被害者(軍人軍属やその遺族ではない)がまったく補償なく、いかに社会から取り残されていったかがよく分かった。
また枢軸国として、日本と共に戦い、同じように敗戦国となったドイツやイタリアが、国家として軍人、民間人の分け隔てなく、補償をしてきたことも分かった。
僕は、現代日本の【何でもかんでも自己責任論】といった病理は、こういった対応の繰り返しから、国民に広く浸透していったのではないかと思う。
超党派の国会議員連盟が、民間人空襲被害者らを救済する法案を通そうとしているそうだが、まだ現実には至っていないそうだ。
自分なりに調べてみたところ、うまくいっていない理由は主に2点あるらしい。
1点目は「戦後補償問題は解決ずみ」という認識との整合性が取れないこと。
2点目は救済法が成立すると、他の戦争被害者に対する補償拡大につながるとの懸念が与党内にあるという。
この救済措置法案で、国に求めている補償金額も、受けた被害を考えれば驚くほど安く、被害者の第一義はお金ではなく、国に責任を認めて欲しいということは明らかだと思う。
番組を見ている限り、国が戦争被災者に補償をしないのは、戦争に突き進んだのが国民全員が選択したことで、その責任も等しく、国民全員にある。だから痛み分けで補償はしないという理屈らしい。
であるならば、戦時に未成年だった(参政権を持たなかった)日本国籍を持つ子ども、女性、25歳未満の男性に関しては、その総意を選べなかったわけだから例外対応とする...という理屈で通せないだろうか。今、生き残っていらっしゃる戦争被害者は、そのほとんどが戦時、子どもだった方々だと思うのだ。
いったい5歳や6歳の子どもにどんな生き方が選べたのだろう。
自分はこの法案が認められることは、めぐりめぐって、最終的には日本という国の健全な成長・発展につながると思う。
いち国民として、法案が提出され、可決されることを強く願っている。
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