令和の青

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2023年07月13日

美しい時代

美しい時代

最近、こんなことをよく考える。
いつか死を目前にして、過去を振り返ったとき、自分の人生の最も美しかった時代として、今時分を思い出すのではないだろうかと。

ー2023年7月11日。
いつもと同じように、会社からランニングで自宅へと帰る。
いつもと違うのは、左手にホールケーキを抱えて、控え目なペースで走っていたことだ。

家までの長い一本道。日中、灼熱の太陽にさらされたアスファルトは、夜になってもまだ熱を帯びているようだ。ねっとりと肌にまとわりつく空気に、汗がとめどなく流れ続ける。

今夜も賑わっているパスタ屋を通過し、街灯のあかりを受け、夜空に影絵のように浮かぶ大学校舎のシルエットを横目に見て、点滅する信号をいくつも超えると、ようやく自分が住むアパートが見えてくる。

103号室の窓を見ると、息子をだっこした妻がこちらを見ていた。
瞬間、数年前にも、こんなことがあったなと思い出す。

それはこれから子どもを授かれるかどうか、当時はまだ恋人だった相方と、悩んでいた時期だった。

彼女と自分、お互いの年齢を考えれば、その可能性がいかに少ないことかという事実については、ふたりとも十分過ぎるぐらいの知識があった。
実際、数値にすれば僅か数%だったと思う。

そのころ僕が書いたブログ記事を見た祖母から届いた手紙には「親を反面教師にして、立派な子育てをしてください」と書いてあった。

祖母にしてみたら、ブログに対する、ちょっとした嫌味のつもりだったかもしれない。

だが、あのころの彼女が背負っていた悩みの深さを思うと、それはほんとうに残酷な言葉だった。

当時から僕は、ストレスを振り払うように走っていて、その手紙を読んだ、今夜と同じような熱帯夜だったあの夜も、とにかくランニングシューズを履いて外に出た。

いろんなことを考えながら走っているうちに、気づけばまったく見覚えのない場所に来ていた。

危機感を覚えて帰ろうとするも、お金もiPhoneも持っておらず、水分不足の頭は働かず、何度も同じところをぐるぐると回ってしまう。

ようやく交番の明かりが見え、現在地を地図で教えてもらい、十数キロ先の家に向かって、再び走り出した。

軽い脱水症状になりながら、当時住んでいたアパートに辿り着くと、105号室の窓から、ぬいぐるみの『ぶー』をだっこした彼女が、心配そうにあたりを見ているようすが飛び込んできた。
僕はその瞬間に、結婚しようと決めたのだった。
いや、決めたというよりは「あぁ、自分はこの人と結婚するんだろうな」そう思ったといった方が、適切かもしれない。

あれから数年経った。
美しい時代。父親になって初めて迎えた誕生日は、やはり美しい時間だった。

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